ゆれる

長めに喋る事〜!

羨む【あおいといちご】

 

朝から雑誌の撮影なのでシャワーを浴びてから出る事にした。ファッション誌はいつも数歩先の季節を今に撮るけれど、近頃はファッション業界と季節で歩幅の差が広がりすぎて季節の方が周回遅れになっているような気がしてくる。そういうわけで、どんなに外気が寒くても春物の薄手の洋服の中に寒さを封じなければならない。いつでも体を暖かくする事が美容と健康に良いと蘭が言っていたけれど、私は実はいつでも体を冷たくしていたかった。暖かいシャワーを浴びながら体を冷やしていく。私の芯をキンキンに冷やし立てていく。
朝日が小窓から差し込んでいるので少し眩しいなと思った。そちらへ目を向けると、浴室に舞う水蒸気が陽の光にあぶり出されているのだった。細かな粒が散り散りにひとつひとつ浴室の空間そこいら中を漂い泳いでいた。

「あおいー!おっはよー!私、先にお仕事行ってくるね、あおいも頑張って」
現実に引き戻されるルームメイトの声と、すりガラス越しに見える赤い耳が左右に揺れている。そう言えば前に、断りもなくドアを開けてきたこともあったなぁと思い出して少し笑った。
「うん、わざわざありがとう、今日はインタビューとラジオとお昼のニュースにゲスト出演だったよね。」
「あおいは私のスケジュールほんとに全部知ってるよね?すごい!」
「ファン1号を甘くみないでもらえますか、いちごさん?ほら、もう出なきゃでしょ、行ってらっしゃい」
そうだった、行ってきまーす、と軽やかに脱衣所を出る耳を見送りながら、いちごの視力は良かっただろうかとふと考える。私はアイドル博士のキャラでたまに眼鏡をかけてみたりはするけれどあれは伊達眼鏡で視力は元からいい方である。いちごには舞い舞う水蒸気が私と同じように見えているのだろうか。多分悪くはないはずなんだけど。

人はうまくできていて、何かに斗出していると何か欠けていたりして、そうして自分にないものを求める無い物ねだりが常である。いちごの眩しさや潔さ、豪胆なところ。それに対する欠けとは一体何なのだろう。いちごの輝きは一等強く、親友としてもライバルとしても敵うところがあまり見つからない。頭でっかちな知識くらい。私はいちごのように目立って他者より抜きん出るところはあまり無いように思う。それは悲しくもあるし、それで少し安心する部分もあって、やはりこういう感覚こそが普通の人間であることの証明なんだろう。

「あおいちゃんは水みたい」
そう言葉をもらった私はようやく私の存在の意味や役割を理解したわけだけど、それでも本音として誰かを羨ましく思う気持ちはなくなったわけではない。私は私、いちごはいちご、だけれど、いちごの持っているものを眩しく思うのはもちろんやめることができない。一度そう感じると覆すことはとても難しいので、隣にいてもテレビ越しでも写真の彼女を見かけても眩しさを持て余してしまう。そしてその反面、一緒にいて落ち着く相手であることも確かで、ライバルとしての差と、友人としての近さが同居していて奇妙な心地がする。

私はもちろん、いちごがたまに抜けてる事は知っている。これまでに経験した大小さまざまな失敗のうちのいくつかは知っているしおそらくこの目で見ている。ただそれは欠けとするには些細なことで。だから私がいつでも近くで彼女を見ていて、いちごがたまの抜けで不意に落としたものを私が何食わぬ顔で拾えたら良いなと思う。そうして少しでも前に、一直線に進む彼女の手助けができたら嬉しい。拾いながら並んで進めたならもっと嬉しい。それはきっと私の努力次第でもある。
懸命に冷やした体で浴室を出る。今日は一段とクールな表情ができそうな気がする。きっと寒さを封じて凍る事なく浸透できる。

ただ、やはりいちごの視力は良くないと困る。大気の中の水蒸気の粒を光で照らしても見つけてもらえないなんて、そんなの私が寂しいのだ。

 

 

 

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たのしかった!

私は羨望ってずっと消えないと思ってます。憧れはもちろんだけど、羨ましいもすごく好きな感情!

あおいちゃんはキンと冷やして精神統一というか集中するイメージだったらいいなというのを文にしました。